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「ルカ! 早く起きねぇか! 畑に行く時間だぞ!」
今日も今日とて父上の怒鳴り声がする。
まだ日が昇り始めたばかりだというのに、日課である農作業の時間が来てしまったらしい。俺はルカ・アルフィス。悲運の女神シエラの加護を受けた稀少な人間であり、一応は子爵家の長男でもあった。けれども、貧乏貴族であって、朝っぱらから畑仕事を強いられる毎日を過ごしている。
「アルクはもう起きてるぞ! 早く起きねぇか!」
父上、分かってますから。
何なら、起こされるよりも前に目覚めてるって。何しろ、明け方に見た悪夢によって俺は飛び起きていたのだから。酷く頭が痛む。妙に現実的な夢を見たせいだろう。目が覚めた瞬間から、夢に見た世界の情報が俺の頭に流れ込んでいたんだ。
「エクシリア英雄伝? ゲームとか聞いたこともない単語なのに、俺はそれを理解しているよな?」
ゲームという単語はエクシリア世界に存在しない。だけど、俺は夢に見ただけで、ゲームが存在する世界の情報を明確に理解していた。
誰かがプレイしていたんだ。エクシリア世界を模倣したようなゲーム。エクシリア英雄伝というアクションRPGの全貌を俺に見せていたと思う。
「夢の最後はオマケシナリオだった……」
本編のクリア後にオマケシナリオがプレイできた。それは物語の冒頭に繋がるプロローグ部分だったんだ。
「夢はこれから先の未来を示しているのか? 予知夢ってやつ?」
本編の主人公は弟のアルクだが、オマケシナリオで操作するのはルカ・アルフィス。どうしてか、そのキャラクターは珍しい銀髪をした容姿だけでなく、声や名前までもが俺と同じであった。
そもそも世界観や俺の実家まで同じ。エクシリア英雄伝がこの先の未来だという妄想を俺は否定できずにいる。
「なら、リィナって少女は誰なんだ?」
オマケシナリオにおいて、ルカこと俺は侯爵令嬢リィナを連れ出していた。
聖女である彼女を主人公アルクと引き合わせるため、俺は北部にある侯爵領まで彼女を迎えに行ったんだ。「リィナは俺のことが好きだった……?」
頭が混乱する。
本編において弟のアルクと侯爵令嬢リィナは結ばれていたんだ。ところが、オマケシナリオというプロローグにて、確かにリィナは俺のことが好きだと言った。「ルカもリィナのことが好き?」
夢から覚めた今もリィナに対する感情が残っている。明らかに一目惚れであり、オマケシナリオによると俺たちは両想いらしい。
「だけど、俺たちは結ばれない運命ってこと? いや、それよりも……」
本編のオープニングでは元気一杯に登場したリィナだが、実をいうと魔力循環不全という不治の病に冒されていたようだ。プロローグにいたリィナはもう幾ばくも生きられないような感じだった。
しかし、悲運の女神シエラに魅入られていた俺ことルカには彼女を救う術があった。結果的に、それを行使した俺は酷い寝汗と共に目覚めることになったのだ。
俺が困惑する原因は一つ。それは十五歳にして知らされた二年後の悲しき運命だった。
「俺はリィナのために死ぬのか――」
「フィンこそが時空術士ですの」 先ほどから難解すぎて、俺の頭はパンクしそうだ。 使徒はコーネルであるけれど、時空術士はフィンなのだという。「それって可能なのか? 使徒以外に固有ジョブだなんて……」「神力次第ですわね。あと固有スキルは使用者を選ぶのですわ。コーネルは白の使徒として最低限。授かったとして固有スキルの適性はありません。つまり使徒に与えるべき神力を余らせたニルスは駒として使うフィンに全てを注いだみたいですの」 確かにディヴィニタス・アルマは俺にしか使えないと聞いている。 フィンならば異世界線にてニルス様の使徒をしているし、彼ならば時空術士を使いこなせるはずだ。「駄女神が付随することなく、固有ジョブを奪うチャンスですの。私はフィンを捜し出すべきだと考えますわ」 駄女神はお前だと言いたいところだが、確かに時空術士のスキルは他を圧倒する。 魔王の時間をも操れるスキル。あるのとないのでは難易度がまるで変わってしまうはずだ。「でも、お前が介入できるのは三ヶ月後なんだろ?」「いえ、三ヶ月後にはもう一人分くらいは貯まるだろうという話ですの。雌ネコともう一人介入できるという話ですわ」「三人分だとどれくらいかかる?」「大凡、一年後かと存じますの」 一年待てば三人分。しかし、それは遅すぎた。 リィナは一年持たないことが確定している。ならば、俺はミリアかフィンのどちらかを選ばねばならなかった。「フィンの居場所は分かるか?」「女神とて万能じゃありません。紐付けされていない人間の行動まで把握できませんの。まあでも、あの男の行方は既にニルスでさえも追い切れていないことでしょう」 固有スキルを授けたニルス様でも分からないだって? そんな馬鹿な話があるってのかよ?「どうして追い切れていない?」「考えてもみなさい。フィンがルカの身分証を奪った世界線から現在は大きく様変わりしております。加えて、世界線が切り替わる前にフィンは犯罪者となったのです。改変を受けた世界線において、フィ
「アークライトを殺しなさい」 えっと、マジで言ってんの? てか、貴方は女神様ですよね? 現状の兄であるアークライトを殺せとか無茶言うんじゃねぇよ。「待て。アークライトはそのうち討ち死にすると思う。急がなきゃいけない話か?」「早いほうが整合性を保ちやすい。ルカが王子のままでいられる可能性は高まるでしょう」「かといってな、俺は兄殺しの異名なんか欲しくないぞ?」「アークライトが存在すればルカが切り捨てられるだけ。それどころか女性になってしまう可能性まであるわ」 まあ、それな。 どう考えても無理がある。男が女性の運命を背負うなんて、改変事案だらけなんだ。「それでも俺はミリアを育てるのは不可能だと思う。リィナを救うためならば、俺は女にでもなってやるよ」 ヒロイン総取りエンドから百合エンドになったとして、俺はリィナを救う。彼女の笑顔が最後に残れば、俺はそれで良かった。「私だって女でも構わないわ。同じ魂であるのだし」 そういや女神は人を魂で見ているんだったな。美の女神イリアは俺を女性にしようとしていたくらいだし。「じゃあさ、ミリアはやはり世界から切り離されるのか? 親も友達も失ってしまう?」 思い出されるのはシリウスの境遇だった。 俺に運命を奪われた彼は華々しい王子という立場を失い、かつて持っていた人脈すら失ってしまったのだ。「記憶のサルベージをしないなら当然そうなる。運命を失った人はそこから始まるだけだから。新たな過去を作るよりも、世界は新たな人として扱うでしょうね」 やっぱ俺は悪人かもしれないな。 一人を救おうとして一人を路頭に迷わせる決断ができるのだから。これからあと何人が俺の犠牲になるのだろう。「あと確認だけど、時空術士は構わないの? フィンが持つジョブは最高峰だけれど……」 ここでシエラから別の話題がある。 それは俺だって気になっている。何とか騎士学校へ入ってくれないかと考えていたけれど、結局のところ彼は現れなかった。「な
翌日は基礎的な訓練に終始していた。 グランドを走り回る剣術科を見ていると気の毒にも思えるほどだ。 対して俺たち魔法科はひたすら基礎魔法を唱え続けるだけだった。しかし、夕暮前に訓練が終わり、俺はレザルの街へと向かうことにしている。 やはり女神様の意見を聞きたく思って。俺の独断が正解かどうなのかを知りたかったんだ。 男子寮をあとにした俺は待ち構えていたようなリィナと出会う。どうやら彼女は俺を呼んでもらおうとしていたみたいだ。「どうした?」 俺が声をかけると、リィナは頷きを返す。冴えない表情から予想すると、好ましい話ではないだろうな。「殿下、夕食のあと時間ありますか? 少しお話が……」 ひょっとしてフィオナとキスしたことが早くもバレてしまったのかもしれない。そのうちに俺から切り出そうと考えていたのだけど。「今じゃ駄目か?」「込み入った話ですし。夜八時に魔道殿の裏でお待ちしております」 言ってリィナは去って行く。 嫉妬に任せて怒鳴りつけに来たのかと思えば、彼女はあっさりと立ち去っている。「ま、俺から説明しておくべきだな……」 隠し事は良くない。リィナは俺にゾッコンで、更には嫉妬深いとくる。知られる前に伝えておかないと。 リィナが去って行ったので、俺は一人で聖堂へと向かう。 北東の街レザルはお世辞にも賑わった土地ではない。基本的に農業が盛んなエリアであり、思わず元実家であるグリンウィードを思い出してしまうほどだ。 俺は七柱女神像の前に跪き、いつもと同じように祈りを捧げていた。「うふふ、おはよう。青の君……」 脳裏に現れたのはシエラだった。 もう夕暮前だというのに、おはようはないだろうがよ。「もう、こんばんはだ。お前は怠惰の女神だったか?」「私は尊き青の女神ですの。いつ何時も愛しき貴方のために存在していますわ」「よく言うぜ。さっきまで寝てたくせに……」 起きている時間ならシエラが出てくると考えていた。だか
なんとか覗きの現行犯を逃れた俺は、全ての計測を終えて自室へと戻っていた。 ベッドに倒れ込みたい気分であったけれど、生憎と啜り泣く声が聞こえてしまう。「コーネル……」 鳴き声はルームメイトのものだった。蝋燭も付けず、嗚咽を漏らす彼にかける言葉を俺は探している。 何しろコーネルは自国の首都が陥落したと聞いたのだ。詳細はまだ分かっておらず、父である皇帝陛下や家族の生死は不明なままである。「俺よりも、よほど悲運じゃないか……」 ネルヴァによると悲運の魂は山ほどあるという。 現実にシエラは使徒の選定に興味がなかったくらいだし、コーネルもまた数多ある悲運の魂であったことだろう。「なぁ、コーネル。お前は泣くだけか?」 俺は声をかけていた。 静観することも考えたけれど、こういったとき他者の声は必要だと思う。人知れず考えたとして、結論には至らないのだから。「ルカ君……」 涙目が俺を捉えていた。共に王子という立場だ。少しの遠慮も敬意も必要ない。「帝都のことは辛かっただろう。けれど、お前がやるべきことは泣くことじゃない。国のためにできることをお前はするべきだ。何のために騎士学校へ来たんだ?」 厳しい言い方だけど、俺には他に言葉が思いつかない。戦地から遠く離れた場所にいるコーネルには、どうすることもできないのだから。「僕は……」「明言しておこう。俺は未来を知っている。今は帝都陥落という一報で済んでいるけれど、帝国は滅びて魔国に占領されてしまうはず」 俺の言葉にコーネルは息を呑んでいた。 首都陥落といった事実から予感はしていただろう。だが、最悪の想定は考えないようにしていたと思う。「それって……女神様に聞いたの?」「ああ、そうだ。お前は決断しなければならない。ここに残って強くなり魔国に一矢報いるのか、或いは国に戻って討ち死にするのかを……」 現状のコーネルならばフライリザードですら倒せない。そのような弱者が魔将軍と戦えるはずもなかった。「どちらも辛い道のりだね? 大国の王子殿下とは酷く異なっている……」「俺を羨むのか? ま、それも良いだろう。しかし、俺を超えるくらいの気概がないと、この先は闇しか拡がっていないぞ?」「分かってるさ。ただ僕だけが王国にいて、何もできない事実に打ちひしがれていただけだよ」「分かっているならいい。コーネル、
「あと三年で人類が滅ぶくらいですかね?」 メル教官は固まっている。 あと三年で王国が滅ぶならまだしも、俺は人類と言ったのだ。 大陸の南側にはまだ国が乱立していたというのに、その全てがたった三年で消え失せるという未来。流石に信じられなかったことだろう。「君は本気でそう思っているのか?」「いや、女神様に聞いたのです。あと三年で人類は滅ぶと……」 俺が使徒なのは皆が知っていること。加えて原初の三女神全員が俺の主神であることも。「やはりそうか。軍は此度の帝都陥落を重く受け止めている。ひょっとして我々は魔国の進軍を止められないのではないかと……」 どうやら双国軍にも思慮深い人間がいるようだ。 とりま、それは朗報だな。他国の侵攻を自国と置き換えて考えられるなんて。「だったら上層部に掛け合うべきです。使える者を使う。ただそれだけのことで戦況を覆すことが可能です」 一端の教官には荷が重い話だろう。 基本的に教官連中は下位貴族が中心。上位貴族の面々は肩書きだけを得て、戦場とは無関係な場所にいるのだから。「私が上申したところで変わらないかもしれない。けれど、必ず報告書を上げよう。類い希な力を持つ戦闘員をいち早く現場に配置するように」「そうしてください。俺はいつでも最前線に張り付きます。ただし、条件がある。俺は全権を与えられたい。軍を動かす力が欲しいのであって、使われる立場を望んでいません」 せっかく戦場へ辿り着いたとしても、無謀な作戦に使われたのでは堪ったものじゃない。だからこそ、俺が戦場へ赴くときには全権を与えてもらう。「君の言い分は理解する。マシな上官さえいたのなら、バリウス帝国も首都陥落という状況は避けられたのかもしれない。期待せずに待っていてくれ」 ここで俺は解放された。 メル教官にはまだ話があっただろうけれど、意図せず受け取った宿題が処理能力を超えていたのだろう。更なる難題を与えられる前に解放しようとしたはずだ。 俺としては言いたいことを伝えられた。 世界を救うこと。必要最低限を口にできたと思っている。 ◇ ◇ ◇ メル教官と話をしていた俺は能力値測定の部屋へと急いでいた。「ゲームのまんまだよな?」 序盤は無理をして失敗することが多々あるので、初日のイベントについては良く覚えている。確か能力値の測定は通路を左に曲
昼食時はゲームにおける英雄四人で集まっていた。 女神の加護を持つ俺たちは別格であり、少しばかり浮いている。食堂には百人くらいいたというのに、俺たちの周囲だけ誰も近寄ってこなかったんだ。「ルカ殿下、わたくしは前線に赴くべきでしょうか?」 食事を始めるでもなく、フィオナが聞いた。 それは先ほどの話。気になってしまったのなら申し訳ない。けれど、そう遠くない未来の話であり、ミリアを除いた三人は前線に配備されるだろう。「安心してくれ。一人ではないから。俺も同行するつもりだ」「そうでしたか……。ルカ殿下がおられるのなら、わたくしは戦えます」 ありがたい話だな。 フィオナが芯の強い女性であったことには感謝しかない。「ルカ様、やはり魔国は侵攻を続けますか?」 ここでリィナが口を挟む。いきなりの帝都陥落は少なからず動揺を与えたことだろう。「当然そうなる。だからこそ、七柱女神の全員が使徒を選んでいるんだ。近い内にバリウス帝国は完全制圧され、いずれ魔国による進軍は王国内にも及ぶだろう」 俺たちの使命は魔族の手から大地を守ることだ。 シエラ曰く、陰に光が呑み込まれるなどあってはならないらしい。またそれは使徒である俺たちが阻止すべき問題に他ならない。「ルカ様、私は必要ないのでしょうか?」 リィナは不服なのか、少しばかり頬を膨らませている。 彼女もまたクラス分け試験において圧倒した一人なのだ。やはり一緒に戦いたいのだろう。「できるだけリィナの魔法は温存したい。俺は自分自身を強化するバフを持っているし、リィナの力を必要とする場面じゃない」「いやでも、魔将軍ですよ!?」「ただの水魔だ。フィオナと俺だけで充分戦える」 リィナは戦うほどに身体を病む。 序盤の魔将軍相手にリィナの魔力を使っているようでは駄目なんだ。肝心なとき、彼女は何もできなくなってしまうのだから。「だけど……」「リィナは魔王との戦いに必須。聖女のデバフがなければ魔王には決して届